2008年6月21日土曜日

「Life is not so easy.Huh?」

槇原敬之が覚せい剤で留置所に入ったとき、矢野顕子からもらった一通の手紙。

すっと心に入る言葉・・・。自分の気持ちを押しつけるのではなく、相手の気持ちをなぞる一言。

「日本の技術者は使い捨て」

東京新聞・中日新聞 科学部長 引野 肇 氏
(掲載日:2006年11月27日)

わたしは大手機械メーカーで10年間、エンジニアとして働いた後、新聞記者になった。正確にいうと、フランス留学の1年半を除いた8年半ほど、ディーゼルエンジンの設計に携わった。

エンジニアをやめた理由は、日本という国が技術者を大切にしない国だと知ったからだ。小さなころから数学や物理、化学、生物学が大好きで、「技術立国日本の礎」になりたいと大学で工学を学び、一日も早く設計がしたいと、大学院には進まずメーカーに就職した。

しかし、世の中に出て目撃したのは、若いうちは夜遅くまでコンピューター相手にサービス残業でこき使われ、歳を取ると中間管理職として使い捨てにされる、くたびれ果てたエリート技術者の姿だった。

中村修二・カリフォルニア大教授が、もといた日本のメーカーを相手に裁判を起こしたとき、「冷遇される日本の技術者を“奴隷解放”する」と宣言した。わたしがメーカーに就職した30年前から今まで、そんな技術者冷遇の状況はほとんど変わっていない。

転 職する時の日本人とフランス人の反応の違いが面白かった。フランス人の友人は「どうしてエンジニアをやめてジャーナリストになるの。日本ではジャーナリス トの方が給料が高いの?」と、全く理解に苦しむと言わんばかりに聞かれた。わたしはその時、「そうか、フランスではエンジニアの方が高給でいい職業と思わ れているのか」と思った。

一方、メーカーの同僚からは「いいねえ。マスコミは給料がいいっていうからねえ」とうらやましがられた。

この技術者冷遇の社会構造は、最近、いっそう悪化しているように思える。わたしが工学を目指した1960年代はまだ、「科学技術は正義の味方」だった。科学者という言葉に憧れを感じた時代だった。科学技術の進歩が、飢えや病気、貧しさを解決してくれるとみな信じていた。

と ころがいまはどうだ。化学物質という言葉を聞けば国民は何だか体に悪そうだと思う、農薬といえばいかにも食品の敵扱いだし、原子力といったら怖いと感じ る。おかげで、大学の理工系入学希望者が年々減っているとか。こんな状態では、「科学技術立国日本」の看板を下ろす日も近い。では、日本は金融立国になる のか、それとも農業立国か、はたまた観光立国なのか・・・・。

わたしが新聞記者になった理由は二つある。一つは「面白そうな仕事だな」と思ったからである。これは確かにそうだった。いまでも転職してよかったと思っている。

も う一つは「日本の子どもたちに科学の面白さ、技術の面白さを伝えたい。少しでも科学者、技術者の社会的地位を向上させたい」ということだ。エンジニアの道 を捨てた私の罪滅ぼしでもある。でも、一人の記者ができることなどたかがしれている。最近「若者の理工系離れ」が声高に叫ばれるようになり、やっと危機感 が生まれつつあるが、それでも技術者使い捨ての社会風土はそう簡単に変わるものではない。

時々、高校や大学の同窓会が開かれる。わたしの同期には、技術系の道を選んだ人が多い。しかし彼らの子どもの進路を聞くと、父親と同じ技術系の道を選んだという話はほとんど聞かない。父親のような道は選びたくないということなのだろう。

この科学技術立国日本の凋落を食い止めるには、どうしたらいいのか。総理大臣や大臣、事務次官に理工系出身者を、画期的な発見・発明をした人に相応な報酬を、企業や研究所の理工系職種の待遇改善を…など言いたいことはたくさんあるが、どれもこれも簡単ではない。

イチローや松井が野球の面白さを子どもたちに教えてくれたように、一記者としてせめて、こどもたちが夢見るような研究者・技術者のスーパースターを日本で育てるお手伝いができないか、といつも思っている。

2008年6月19日木曜日

何かをなすために大切なものは、そのために必要な技能と忍耐である。それ以外は何事も重要ではない。」

白石康次郎(ヨット冒険家)

必要となる技能とそれを身につけるために何度失敗しようとしても、諦めずに努力し続ける忍耐力。
これさえあれば、何でもできる。

2008年6月18日水曜日

2008年6月17日火曜日

「井の中の蛙 大海を知らず されど空の青さを知る」

えのさんの忘れたくないことブログ。

自分としては、戒めの言葉として「井の中の蛙、大海を知らず」を認識している。
今もそれは変わらない。

でも、「井の中の蛙」で居ることを好む人もいるし、それを否定することはない。
個人の価値観の違いだから。

2008年6月15日日曜日

「変えられないのは他人と過去、変えられるのは自分と未来」

えのさんの忘れたくないことブログ

他人のこと過去のこと、今の自分が調整できないことを考えて、変えようとしても全く意味をなさない。
それならば、自分で変えることができる、自分を変えていこう。

2008年6月14日土曜日

「今歩いているこの道がいつか懐かしくなればいい」

斉藤和義/幸福な朝食 退屈な夕食

この歌詞は、色々な意味で取れる深い言葉。

何か、新しいことにチャレンジするとき、この言葉で覚悟を決めよう。

2008年6月10日火曜日

「人生の黄金時代は老いていく将来にあり、過ぎ去った若年無知の時代にあるにあらず」

林語堂(葉桜の季節に君を想うということ/歌野晶午 より)

年齢を重ねるたびに、人生がどんどん面白くなっていくようになりたいと思う。

2008年6月9日月曜日

「臆病な人間がチャレンジするからこそ、成功できる」

左官 挟土秀平

挑戦、心配、準備、挑戦、心配、準備

2008年6月8日日曜日

「この世に生を得るは,事に成すにあり」

坂本竜馬

何かことを達成することが、人生の目的。

2008年6月7日土曜日

「コミュニケーション能力に着目すること、および人は常にナンバー1を目指すものだということ忘れてはいけないということだ。」

採用過程におけるヒューマンスキルの方だが、わたしは長年にわたってWindowsシステム、ネットワークおよびデータベース管理者の採用に携わり、主に2つの教訓を学んだ。/Russell Olsen,TechTarget

人は常にナンバー1を目指す、というか常に自分がナンバー1だと思っているのかもしれない。

2008年6月6日金曜日

「人間関係を飽きずに続けるためには、まず、自分が変わり続けることが一番」

茂木健一郎

相手に対して、興味を失い、不満を持つようになるのも、自分がその人と出会ってから何も変わっていないから。
まず相手どうこうよりも、自分自身を見つめ直そう

2008年6月4日水曜日

「Xのクローンはいらない、X一号はもうできあがったから、Y一号になってくれ。」

ZからYへの言葉。

人と同じ事をできるようになっても、仕方がないということ。
その人オリジナルな特性を活かし、他の人と被らないようなプロになれ。

2008年6月3日火曜日

「You will become what you think about」

ナイチンゲール

思考が自分自身を作る。

2008年6月1日日曜日

「熱い心と冷たい頭を持て」

緒方貞子(UNHCRウガンダ・リラ事務所長高橋由美子)

青い炎に燃えた熱血心を持つ、というのが自分の中のテーマとしてあったんですが、この言葉は、さらに自分の心境を表す適切な表現かもしれない。